どさんこ九州に住む

北海道民が九州に移住。日々感じるカルチャーショックを4コマにしました

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4コマ「語尾」~ねこさんの場合だべさ

K市での話

 

基本、北海道弁丸出しのねこさんですが・・・・・・
語尾「べさ」「べか」などは、会話のときは控えるよう意識していたんですよ。
方言が恥ずかしいとかではないのですが、「べさ」を耳にした相手が、どんな印象を受けるか分からないので。

そもそも、よそ行きで使う丁寧な言葉では使われない語尾ですし。

 

一方、前回の「~さ」や、「~かい」「~っしょ」はノーマークでした。使っていたこと自体意識してなかった。「え? そんなに言ってる?」って聞き返しちゃいましたよ。

 

じゃあ、何て言えばいいのか。
K市の方(60代女性)に尋ねてみました。

「~かい?」⇨「~かね?」
「~っしょ」⇨「~んよ」「~やろ」「~やん」「~っちゃ」・・・やないかね? 
と、いうアドバイスをいただきました。

 

一方、「~べか」「~べさ」は、突っ込まれなかったです。

 

いかにも「方言」という感じがすると、突っ込みにくいのか?

「~かい」「~っしょ」に比べて使用頻度が低かったから見逃されたのか?

会話した相手によるのか?

 

不明です。

 

4コマ「語尾」~トラわんの場合だべさ

K市での話

北海道弁って、こちらの方によると、やたら「さぁさぁ」言ってるように聞こえるんだってさ。

言われてみれば、語尾だけではなく文節ごとに付けることもある。

全く意識しないで使ってたさ。って言うか、使っていたという意識がない。意識できない。意識したらしゃべれなくなるべさ。

 

だったらさ、「あんたがたどこさ」の歌詞は?
あれって、熊本の唄でないの?
やたら「さ」「さ」言ってるよね?

熊本が含まれる東シナ海側と、瀬戸内太平洋側とでは方言体系が違うから、「さ」に馴染みが無い?

 

調べてみると、「あんたがたどこさ」の歌詞は、熊本弁ではなくて関東の方言なんだってさ。(ネット情報によると、関東地方も、語尾や文節に「さ」を付ける地域があるらしい)

戊辰戦争の折、関東方面に出兵した熊本県人に対して、子ども達が出身を訪ねたやりとりが元となった」という説があるそう。(ウィキペディアなど)

ずっと、「熊本で唄われていた童謡が全国展開した」と思ってた!
違ったんだ!

 

じゃあ、熊本の方にしてみると、「あんたがたどこさ」って不自然に「さ」「さ」言ってるってことなんだべか?

 

 

4コマ「いももち 石垣もち」(大分県)

 

大分県の道の駅「なかつ」へ行ったら、「いももち」と「石垣もち」が売っていました。
「餅」には見えません。サツマイモがゴロゴロ入った「蒸しパン」っぽいやつです。

いももちの方がしっとりずしっとしていてサツマイモ感が強い。
石垣もちの方はふわっと膨らんでいて、よく見かける蒸しパンそのもの。

でも、「いももち」「石垣もち」の違いというより、作り手の違いのような気もする?

 

さらに、他の場所でも・・・

・・・と、似たようなものが置いてありました。

 

バリエーションはあるようですが、サツマイモと小麦を混ぜて蒸した物という点は同じ。ねこさんにとっては「蒸しパン」のカテゴリーでしたが、こちらでは「もち」や「まんじゅう」のカテゴリーなのでしょうか?

 

食べてみると、普通の蒸しパンよりサツマイモが多いからでしょうか? もちもちしていました。おいしいです!

 


検索すると、「いももち=石垣もち」となっていました。
大分県の郷土料理のようで、地域によって芋の切り方や材料の分量が違うとのこと。(中津市ホームページ)
また、呼び名が幾つかあるようです。(農林水産省「うちの郷土料理」より)

 

きっと、地域、ご家庭に伝わる「いももち」があるのでしょう。それが名称や外見の違いに現れていたということのようです。統一せずに、このまま独自性を保って突っ走って欲しいです。

 


大分県は、米作りに適さない台地が多く、小麦の栽培が早くから根付いていたようです。それもあり、粉食文化が発展したそうです。(全農「大分県の粉食文化」)

また、この辺りは瀬戸内に面しています。
つまり「瀬戸内式気候」。瀬戸内式気候の特徴は温暖小雨です。米よりは水を使わない麦の栽培が古くから行われているという特色もあります。

 

このサツマイモと小麦粉でできた「もち」にはそういう背景がありました。

手に入りやすい小麦粉とサツマイモを使って、農作業の合間に食べるおやつとして食べられたそうです。

 

粉食が盛んな地域には、地理的、歴史的な理由があるのですね。

 

 

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「いももち」「石垣もち」の広告は見つからなかったのですが、似ているものがありました↓

 

 

北海道のいもだんごはこちら↓

 

 

∞∞
大分県の粉食と言えば

usayusadosa.hatenablog.com

もあります。

4コマ「瀬戸内のハワイの名物料理」

 

前回の鯉さんの専用練習場を通り過ぎて向かった先が、瀬戸内では3番目に大きいこの島です。

usayusadosa.hatenablog.com

 

国土地理院的には「屋代島」という島です。
しかし、古代から(古事記日本書紀の国造り神話に出てくる)、「大島」と呼ばれており、実際「周防大島」という名称の方が認知度高いそうです(周防は、この辺の旧国名)。
国土地理院はなぜ「屋代島」って名付けたんでしょうね? 

 

この島ですが、別名が「瀬戸内のハワイ」。その名の通り、「ここはハワイかしら?」という雰囲気をそこかしこに感じます(ハワイ行ったこと無いけど)。

また、「みかんの島」でもあります。山口県のみかんの8、9割がこの島で生産されています。2006年の統計だと、温州みかんの生産量が全国の市町村中で27位です。

 

そんな「ハワイ」で「みかん」な周防大島の新郷土料理である「みかん鍋」。
島が誇る魚介と、島が誇るみかんが入った鍋です。

 

最初は「え?」って思いました。

香酸柑橘と魚介の組み合わせならあるあるですが、温州みかんと魚介ですからね。
しかも、ポン酢とか皮の千切りのような風味付けではなく、丸ごとぐつぐつ煮えてますからね。

正直、「話の種」的に箸を付けましたよ。
したっけ、食べてびっくり! 
美味しい!!!

 

魚介の出汁がきいた熱々のみかん、衝撃の美味さ!

 

ねこさん、何でも美味しく食べられるので、信用されないときもありますが↓

usayusadosa.hatenablog.com

家族も同意する美味しさでした。

 

みかん鍋、初見で「ウケ狙いか?」とか「インスタ映えか?」とか思ってスマン!

見て楽しい、食べて美味しい「みかん鍋

 

 

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今、「みかん鍋」食べたいって思ってるっしょ?
でも、残念。みかん鍋は11月~3月しかやってないんだってさ。

 

次の冬の楽しみにしてください。

 

4コマ「プロ野球と都道府県」

福岡県から隣の県へ

大分県でホークスの応援セールをやっていたのは、同じ九州だからかな? って勝手に納得してました。「ファイト九州」という九州を元気にする活動をホークスもやってますし。

 

けど、なんとなく、この球団はこの都道府県という思い込みがねこさんにはあるんですよ。

 

そういうわけで、山口県岩国市由宇町で、広島県にいるんじゃないかと錯覚してしまいました。ここには、カープ二軍の専用練習場(球場)があるんです。

あたりを見渡せば、ガードレールがミカン色なので、山口県だと確認できるんですけどね。

usayusadosa.hatenablog.com

usayusadosa.hatenablog.com

↑存在意義を感じる黄色いガードレール

 

おまけ

野球チームだけで「ここは〇〇県だ!」と判断するのは早計なようです。

 

 

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4コマ「吉野ヶ里遺跡公園」(6/6)~意外だったよ。吉野ヶ里

吉野ヶ里遺跡公園に行って、想像を超える物がたくさんありました。
甕棺とか甕棺とか甕棺とか。

もちろん、住居などの復元規模も、遺跡の保存方法も想像以上だったのですが、それ以外にも・・・。


吉野ヶ里遺跡公園、博多から佐賀方面へ向かうJRから見える。ずっと、アンコールワットのように忘れられた密林の中から発見されたと思い込んでいたけど(佐賀に密林は無い?)、びっくりするぐらい市街地に近い。

つまりは住むのに不便な場所では無いと言うことだよね? でも、そうなったら、やはり「何故人々はこのムラからいなくなった?」という疑問に行き着く。

 

∞∞
ゲートをくぐって園内地図を見ていたら、係のお姉さんが「バスで回りますか?」と声をかけてくれた。その時は「バス? 公園内で?」と思いましたが、バスが無いと回れない方もいるだろうなという広さ。
復元したムラだけではなく、ワークショップのできる建物や、資料館、古代の植生を意識した森や、田んぼ、畑も再現されている。梅の木には実がぶら下がっていた。こういう食べられる木も当時から生えていたのかな?

 

一番驚いたのが、「遊びの原」という遊びのスペース。

古代の雰囲気にどっぷり浸かって歩いていたら、子ども達の歓声が。
広い芝生とでかい遊具。親子連れで簡易テントのテント村ができてたよ。屋台も出てたし。

遺跡だけだったら、「一度見たからいい」となりそうだけど、こんな公園あったら、近所の子育て世代は年間パスポート買っちゃうね。

 

あ、あと、レストランというか食堂が一ヶ所だけあるんだけど、そこもちょっと驚いた。

食券買ったら、自動的に注文が厨房に行くの。食券持って、受け付けに行って半券渡さなくていいの。古代、古代・・・と来たけど、最新式券売機があるとは!

 

∞∞∞
さっき、ゲートのところで係のお姉さんに声をかけられたって書いたけど、総じてみんな親切だった。ボランティアガイドさんなのかな? ボランティアさんと思われる人たちの方から積極的に話しかけている姿をあちこちでみた。

ねこさんは、人見知り気分だったので、話しかけられない距離をとっていたけど。
でも、再訪できたらいろいろ説明を聞いてみようって思う。
やっぱり、そこにいる人にいろいろ聞く方が詳しいこと知っているし。

 

昨年は、発掘を見学できる日があったみたい。残念ながら、ねこさんが訪れた日はやってなかったんだけど。今度またあるなら、是非行きたい!

 

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いろいろ初めて見聞きした物があった吉野ヶ里で、これも初めて。

蚕。

弥生時代にもいたんだね。
白くて大きくて、のんびりしていて、もう彼らは自然界には戻れないね。

 

4コマ「吉野ヶ里遺跡公園」(5/6)~甕棺最大の謎はこれだ! ※R6.3.21追加文あり

甕棺の完成度を見ると、専門の職人がいたんじゃないかと感じます。

素人が、「今日は、雨で外の作業できんけん。中で甕棺でも作ったい(方言は想像です)」って作れるレベルとは思えない。

 

甕棺は時代だけでは無く、地域によっても特色があります。ですが、ある地域の甕棺が別の地域で発見されたこともあるそうです。そこから、「商品として」輸出された・・・つまり商品を作る「職業集団」がいたんじゃないか。という見解があります。(参考資料:国立民俗博物館「九州の甕棺」)

 

が、なんということでしょう。その甕棺のプロ集団が作業していた痕跡、甕棺工房が見つかってないということなのです!

 

前回の話で述べたように、焼き物を作るというのは時間がかかります。「来週納品ね!」って言われたって無理無理。

焼き物の特性上、作ったら100%完成するとは思えない。神の手を持っているカリスマ甕監師がいたらわからないけど。いや、無理でしょ。この頃、まだ釜が無くて野焼きだって話だし(弥生式土器は、藁と泥で蒸し焼きにしていたらしい)、焼きムラあるよね?

 

と、いうことは、当然失敗した甕棺や、途中で上手くいかなくて作るのを放棄した甕棺があるはず。なのに、令和6年3月現在、それが見つかっていない!

墓の甕棺は見つかっているのに、甕棺の墓が見つかってない!
甕棺時代200年もあるのに!
これだけ大量の甕棺が発見されているのに! 

なに、そのミステリーな話!

 

「甕棺は、お墓の中からしか見つかっていない」

この名言を聞いたとき、衝撃のあまり鼻血吹き出しそうになりました。

もう、一気に甕棺に捕らわれました。

甕棺って、謎すぎない!?

ミステリアスKA・ME・KA・NNN!!!!!

 

甕棺は弥生時代を閉じ込めたタイムカプセルと言われるようですが、情報だけでは無く、甕棺そのものの謎も一緒に埋まっているのですね。

 

さてさて、甕棺工房、今後発掘されるのでしょうか?
それとも・・・?

 

いつか、甕棺の謎が解けますように!

 

※4コマで話をおさめるため、その場で説明を聞いているように演出していますが、実際はその場で聞いていません。(R6.3.21 10:50)

 

 

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今回、吉野ヶ里遺跡の研究員さんにお話を聞くチャンスに恵まれ、甕棺についていろいろ知ることができました。感謝です。

尊敬するのが、知識量もさることながら、「科学的な証拠」があるか無いかをしっかりわけていらっしゃるところ。

自分だったら、もっともらしく辻褄があいそうな持論を意気揚々と述べてしまいそうです。

 

宇宙の仕組みを解き明かそうとする物理学者に必要なのは「妄想」だそうです。妄想力があって数学ができる人が物理学者(理論物理学というやつ?)になれるそうです。

一方、考古学者はコツコツと事実を積み上げていく力が必要だそうです。

イメージ的には、考古学者の方が夢想家な気がしますが、逆なのかも?