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いちいち「お嬢様が言った。」など、「誰が」が記されていなくても喋った登場人物が分かる言葉遣い。今は「役割語」と命名されているようです。
便利ですね。役割語。
自然とその人物のキャラクター像が伝わってくるし。
創作だけではなく、ニュースの字幕でもそうです。
例えば「I」の訳し方。「ぼく」なのか「おれ」なのかで印象違います。
どこぞの大統領なら「わたし」か「オレ様」とか。「我が輩」でもいいかな? でも「ぼく」は無いわー。「ぼくちゃん」なら、自己チューお坊ちゃまがそのまま大人になってしまったのねって思うかも。
そんな、読み手のイメージを操作する役割語ですが、不自然だなと思うことや、役割語に頼りすぎじゃ無い? って思うことも。鼻につくというのか、「わざとらしい」って気になってしまうことがあります。
一方、役割語が不自然ではない、発音まで聞こえてくるような巧みな使われ方の小説を読んだこともあります。
不思議です。何かが違うんでしょうね。
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「現実には・・・」と思ってしまう役割語ですが、そもそも「書き言葉」と「話し言葉」は違う気がします。
網野善彦著「日本の歴史をよみなおす」に、そのことを意識させるエピソードが載っていました。
『鹿児島でバスを待っている間、隣にいたお年寄りが楽しそうにお喋りしているが、何を喋っているのか全然わからない。なのに、自分は全国どこの地域の古文書を読むことができる。』(要約)
『つまり、日本の文字社会、文章の世界は非常に均質度が高い、それに対して無文字の世界、口頭の世界ははるかに多用である。』(要約)
全くその通りだと思いました。
南北に長い日本列島。
緯度をそのままでヨーロッパの辺りに置いてみると・・・・・・北海道はオーストリアやフランスにかかっています。本州四国九州ならイタリア、スペイン、ポルトガル辺り。沖縄はエジプトなどアフリカ大陸北部です。
言語が分かれていても不思議では無い距離なんですね。いや、むしろ当たり前なのかもしれない。
それが、「書き言葉」になると均質になる。
まるで、文書が共通語の役割を果たしていたかのようです。
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先ほどの「日本の歴史をよみなおす」では、律令国家成立による影響が考察されていました。
7世紀ごろ日本は律令国家への転換が行われます。律令とは平たく言うと法律のこと。
その律令国家は、文書により行政を行う方法を選択しました。つまり、この国家と関わりを持つならば、必ず文字や文書の書き方を勉強しなければならない。
例えば、税を確実にぶんどる為に戸籍が作られたのがこの頃。支配地域の末端まで文字が行き渡ってなければ無理な仕組みです。
それ以降も、日本の政治は文書主義を採用しています。特に江戸幕府は、最初から町や村に文字を使える人がいるということを前提とした体制が作られています。幕府や大名が文書の様式を指示すると、驚くほどの速さで町村まで浸透した様子が、古文書の変化から読み取れるそうです。
話し言葉とは無関係に、上部組織から下部組織へ、中央から周辺へと文書の書き方、書体が伝わっていったのですね。
その「書き言葉」が、「話し言葉」に大きく近づいたのが明治期に小説家たちが起こした言文一致運動です。それまでの文語体(書き言葉)から口語体(話し言葉)に近い文体で書こうという運動です。我々が現在読み書きしている文体が一般に広がったのはこの運動の影響と考えて間違いないでしょう。
律令国家成立から考えると、つい最近の出来事です。
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文書の均質化と、役割語が大いに発達し市民権を得ている文化のあり方は別の根源かもしれません。役割語は江戸時代の歌舞伎や狂言から始まっているという説もありますし。
ですが、今を生きる我々が「書き言葉」と「話し言葉」の不一致に、それほど疑問を持たずに対応できているのは、そもそもこの2つは違うツールだったという歴史が根っこにあるのかもしれません。
※上記の一文、伝わりにくい気がして書き直しています。伝えたいことを文にするって難しい(R7.8.29 11:00)
⇧なぜ「話し言葉」を「書き言葉」にするのは難しいのか、わかりやすく説明しているこうへいさんのブログ。
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閑話休題
さて、4コマの話
主にお嬢様。女性らしいキャラクターがよく使う「わ」。実際にそんな言葉を使うお嬢様にはお会いしたことはありません。ねこさんが会ったことないだけで、セレブな街にはいらっしゃるのかもしれませんが。
でもある日、ねこさんってば、結構「わ」を使っているわー! って気がつきました。
お嬢様のように可愛く「ですわ♡」と軽やかに上がる発音では無く、「だわー」とドスをきかす? ような発音。
気付いた切っ掛けはLINE。ねこさんの場合、親しい人にLINEを送る時は相手に語りかけるように入力する癖があるので、割と話し言葉に近い文体です。その時、語尾の「わ」を目で見て、初めて意識しました。文字を書くようになって数十年。その間、一度も気がつかなかった。
北海道に住んでいた時は周りも普通に使っていた「わ」ですが、K市ではあまり聞かない気がします。もっとも、使うような場面に出会ったことが無いだけかもしれません。
「わ」について調べてみると、言語処理学会の「終助詞わのアノテーションとガイドライン」という論文が見つかりました。それによると、6つに分類されるそうです。
①驚き程度の強調
例「探してみたら、あるわ、あるわ」
②理由、説明
例「(泣くわ、蜂に刺されるわで、いいことない」
③関西弁
例「~かもしれへんわ」
④女性語
例「~するもんじゃないわよ」
⑤古典語
例「やりそうなことだわい」
⑥意見の強調
例「『オレ帰るわ』と言って立ち上がった」
ねこさん含む北海道民がよく使っている「わ」は⑥の強調かな? ですが、文字にすると女性キャラっぽい「わ」と読まれてもおかしくない気がするんです。
上記の論文中でも、「関西弁」「女性語」「意見の強調」は、文を読む人の解釈でイントネーションが変わり、それによって分類が変わるという点が指摘されています。
話し言葉そのままを文字に起こしたら、「ねこさん、お嬢様キャラになったの?」って思われちゃう⁉
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博士やお年寄りキャラが使っている「~じゃろ」「~じゃ」。
「そんな言葉を使うお年寄りいないべさ」って思っていたら、K市で「使ってる人いるわー!」って出来事が。
検索してみると、山陽や九州で使われてるっぽい。
・・・・・・すみません。使う人いるわけないって思っていて。
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「じゃん」だったら、むしろ若者っぽい感じがするんだけどさ。
一番驚いたのは、A博士が52歳ってことだけどね。