どさんこ九州に住む

北海道民が九州に移住。日々感じるカルチャーショックを4コマにしました

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4コマ「キャラクター像が見えてくるあれ」

いちいち「お嬢様が言った。」など、「誰が」が記されていなくても喋った登場人物が分かる言葉遣い。今は「役割語」と命名されているようです。

便利ですね。役割語

自然とその人物のキャラクター像が伝わってくるし。

 

創作だけではなく、ニュースの字幕でもそうです。

例えば「I」の訳し方。「ぼく」なのか「おれ」なのかで印象違います。
どこぞの大統領なら「わたし」か「オレ様」とか。「我が輩」でもいいかな? でも「ぼく」は無いわー。「ぼくちゃん」なら、自己チューお坊ちゃまがそのまま大人になってしまったのねって思うかも。

 

そんな、読み手のイメージを操作する役割語ですが、不自然だなと思うことや、役割語に頼りすぎじゃ無い? って思うことも。鼻につくというのか、「わざとらしい」って気になってしまうことがあります。

一方、役割語が不自然ではない、発音まで聞こえてくるような巧みな使われ方の小説を読んだこともあります。

不思議です。何かが違うんでしょうね。

 

 

「現実には・・・」と思ってしまう役割語ですが、そもそも「書き言葉」と「話し言葉」は違う気がします。

 

網野善彦著「日本の歴史をよみなおす」に、そのことを意識させるエピソードが載っていました。

『鹿児島でバスを待っている間、隣にいたお年寄りが楽しそうにお喋りしているが、何を喋っているのか全然わからない。なのに、自分は全国どこの地域の古文書を読むことができる。』(要約)

『つまり、日本の文字社会、文章の世界は非常に均質度が高い、それに対して無文字の世界、口頭の世界ははるかに多用である。』(要約)

 

全くその通りだと思いました。

 

南北に長い日本列島。
緯度をそのままでヨーロッパの辺りに置いてみると・・・・・・北海道はオーストリアやフランスにかかっています。本州四国九州ならイタリア、スペイン、ポルトガル辺り。沖縄はエジプトなどアフリカ大陸北部です。

言語が分かれていても不思議では無い距離なんですね。いや、むしろ当たり前なのかもしれない。

それが、「書き言葉」になると均質になる。

 

まるで、文書が共通語の役割を果たしていたかのようです。

 

 


先ほどの「日本の歴史をよみなおす」では、律令国家成立による影響が考察されていました。

7世紀ごろ日本は律令国家への転換が行われます。律令とは平たく言うと法律のこと。
その律令国家は、文書により行政を行う方法を選択しました。つまり、この国家と関わりを持つならば、必ず文字や文書の書き方を勉強しなければならない。
例えば、税を確実にぶんどる為に戸籍が作られたのがこの頃。支配地域の末端まで文字が行き渡ってなければ無理な仕組みです。

それ以降も、日本の政治は文書主義を採用しています。特に江戸幕府は、最初から町や村に文字を使える人がいるということを前提とした体制が作られています。幕府や大名が文書の様式を指示すると、驚くほどの速さで町村まで浸透した様子が、古文書の変化から読み取れるそうです。

 

話し言葉とは無関係に、上部組織から下部組織へ、中央から周辺へと文書の書き方、書体が伝わっていったのですね。

 

その「書き言葉」が、「話し言葉」に大きく近づいたのが明治期に小説家たちが起こした言文一致運動です。それまでの文語体(書き言葉)から口語体(話し言葉)に近い文体で書こうという運動です。我々が現在読み書きしている文体が一般に広がったのはこの運動の影響と考えて間違いないでしょう。

律令国家成立から考えると、つい最近の出来事です。

 

 


文書の均質化と、役割語が大いに発達し市民権を得ている文化のあり方は別の根源かもしれません。役割語は江戸時代の歌舞伎や狂言から始まっているという説もありますし。

ですが、今を生きる我々が「書き言葉」と「話し言葉」の不一致に、それほど疑問を持たずに対応できているのは、そもそもこの2つは違うツールだったという歴史が根っこにあるのかもしれません。

※上記の一文、伝わりにくい気がして書き直しています。伝えたいことを文にするって難しい(R7.8.29 11:00)

 

www.kouhei-s.com

⇧なぜ「話し言葉」を「書き言葉」にするのは難しいのか、わかりやすく説明しているこうへいさんのブログ。

 

 

∞∞
閑話休題

さて、4コマの話

 

主にお嬢様。女性らしいキャラクターがよく使う「わ」。実際にそんな言葉を使うお嬢様にはお会いしたことはありません。ねこさんが会ったことないだけで、セレブな街にはいらっしゃるのかもしれませんが。

 

でもある日、ねこさんってば、結構「わ」を使っているわー! って気がつきました。
お嬢様のように可愛く「ですわ♡」と軽やかに上がる発音では無く、「だわー」とドスをきかす? ような発音。

「わや」北海道弁 ぐちゃぐちゃめちゃくちゃ、手に負えない状態。子ども達が幼い頃は毎日わやだったわー

気付いた切っ掛けはLINE。ねこさんの場合、親しい人にLINEを送る時は相手に語りかけるように入力する癖があるので、割と話し言葉に近い文体です。その時、語尾の「わ」を目で見て、初めて意識しました。文字を書くようになって数十年。その間、一度も気がつかなかった。

 

北海道に住んでいた時は周りも普通に使っていた「わ」ですが、K市ではあまり聞かない気がします。もっとも、使うような場面に出会ったことが無いだけかもしれません。

 

「わ」について調べてみると、言語処理学会の「終助詞わのアノテーションガイドライン」という論文が見つかりました。それによると、6つに分類されるそうです。

 

①驚き程度の強調
 例「探してみたら、ある、ある

②理由、説明
 例「(泣く、蜂に刺されるで、いいことない」

③関西弁
 例「~かもしれへん

④女性語
 例「~するもんじゃないよ」

⑤古典語
 例「やりそうなことだい」

⑥意見の強調
 例「『オレ帰る』と言って立ち上がった」

 

 

ねこさん含む北海道民がよく使っている「わ」は⑥の強調かな? ですが、文字にすると女性キャラっぽい「わ」と読まれてもおかしくない気がするんです。

 

上記の論文中でも、「関西弁」「女性語」「意見の強調」は、文を読む人の解釈でイントネーションが変わり、それによって分類が変わるという点が指摘されています。

 

話し言葉そのままを文字に起こしたら、「ねこさん、お嬢様キャラになったの?」って思われちゃう⁉

 

 

∞∞
博士やお年寄りキャラが使っている「~じゃろ」「~じゃ」。

「そんな言葉を使うお年寄りいないべさ」って思っていたら、K市で「使ってる人いるわー!」って出来事が。

 

検索してみると、山陽や九州で使われてるっぽい。

 

・・・・・・すみません。使う人いるわけないって思っていて。

 

 

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「じゃん」だったら、むしろ若者っぽい感じがするんだけどさ。

 

一番驚いたのは、A博士が52歳ってことだけどね。

 

 

 

 

4コマ「揺れる乗り物と言ったら」(福岡県)

F県K市の城野駅大分県日田市夜明駅を結ぶ日田彦山線。一部、鉄道が無くBRT(バス)による代替え運行となっています。

 

その日田彦山線の鉄道部分を利用したのですが、これが揺れる揺れる。

特に縦揺れ。
揺れに身を任せてしまうとぼよんぼよん飛び跳ねる勢い。座面のクッションがふわふわしているので余計そう感じるのかも。

 

いつ乗っても同じように揺れるので、そういう仕様なんでしょうね。
ひょっとして、アトラクション化を目指してる? 

2コマ+4コマ「大村湾サイクリング」(4/4)~銘菓・・・・・・あれ? 思っていたのと?

ハウステンボスも覗き終わり、近くにある「ヤギ(名前なかむらけん)くん」がいるホテルで、お風呂入って、お昼食べて、お土産買って帰りました。

 

一口香
長崎の伝統的銘菓だそうです。

 

「ひとくちこう」と読んでいましたが、調べたら「いっこうこう」若しくは「いっこっこう」と呼ぶんですね。是非、地元の方の発音を聞いてみたいものです。

 

最初に食べた「訳あり一口香」は、ソフトクッキーの生姜味というか、和風カントリーマームの生姜味というか・・・まあ、そんな印象。中に挟まっている生姜味の餡(あんこではない)がとってもおいしい。もっと、中身入っていればいいのにって思いました。

 

その後、別の機会に別メーカーのでっかい一口香を発見。

これだけ大きければ中身も多いはず!

 

で、ワクワクしながら食べたら、バリっと皮が砕けて空洞が・・・・・・。

あれ? 餡は?

 

 

いや、確かに「妙に軽い」とは思ったんですよ。大きさの割に軽いなーって。南部煎餅持ってる感覚って言えばわかる? 南部煎餅食べたことない?

 

usayusadosa.hatenablog.com

 

まさか空だったとは・・・。

ひょっとして、中に何か詰めて食べるんだべか。ピタパンみたく。

 

 

長崎webマガジンによると、中あんを外皮で包んで焼く際に中あんが膨らんで外皮の内側にくっつき、空洞になるそうです。

 

膨らまなくて空洞ができなかったやつが「訳あり」なんですね。

 

膨らんでないやつも、膨らんだやつもそれぞれ違った美味しさがありました。

いろんなお店の一口香、食べ比べてみたいものです。

 

 

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4コマ「大村湾サイクリング」(3/4)~サイクリング中感じたこと

ご無沙汰しておりました。

大村湾サイクリングの続き。

と、言ってもサイクリング自体は書き終わっていて、今回と次回はそのおまけのような位置づけです。

 

 

 

K市に引っ越して驚いたことのひとつが「道路脇に立っていたら、車が止まってくれる」ということ。

「道路渡りたい」って思ってるだけで止まってくれるなんてすごいよね! 超能力?

 

北海道某地方だったら、まず止まってくれなかったよ。万が一、止まってくれる車があっても渡れない。だって、反対から減速しないで突っ込んでくる車が見えてるんだもん。

usayusadosa.hatenablog.com

 

だから、K市の車には驚いた。止まってくれるのが当たり前なんだって気付くまでややしばらくかかったよ。街が違うと常識も違うね。

 

けど、長崎の大村湾周辺は、そのK市より確実に止まってくれる。

渡りたい光線を発射してないのに止まってくれるなんて、すごいね。

 

 

∞∞

「信号の無い横断歩道での一時停車率」を、JAFが調べていたよ。各都道府県2箇所。細かい条件をそろえて調べてるんだってさ。

したっけ、2016年は全国平均で7.6%しか止まってくれてなかったんだって。1割未満だね。

それが、2024年は53.0%になっている! まだ半分弱の車は止まってくれないとJAFは嘆いているけど、すごいと思うよ。2019年から止まる率が上昇し続けている模様。何かモラルが向上するような取り組みがあったのかな?

 

止まってくれる率1位は長野県。2018年からずっと一位。2024年は87.0%。

2024年の北海道は34.1%。
2017年は2.1%。うん。そんな感じだったね。それが今は3割も止まってくれるの? 本当に? その横断歩道だけの話?

ちなみに、福岡は74.3%。長崎は46.3%。
福岡の7割は、そのぐらいかも。K市のねこさんが住んでいる辺りはもう少し高いと思うけど。地区によって違いがあるのは、歩いていて感じるから。


長崎の調査場所は、今回ねこさん達がサイクリングした道じゃないってことだね。

 

 

 

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最近のこと

 

7月下旬にコロナに感染しました。初コロナ。

 

なまらこわかった(「超具合が悪かった」の北海道弁)。熱が下がるまで4日かかりました。

そして、熱が下がって回復したと思ったら、今度は咳とか鼻づまりとか耳痛、頭痛などの症状が悪化の一途。倦怠感も酷い。後遺症というのか、アフターコロナと言うのか、そんなやつらしいですね。

で、それらの症状が快方に向かい、希望が見えた3週目。ある夜、突然、息を吸うと左肩に痛みが!  痛みを感じてから30分で38.6℃超えの発熱! 体温急上昇! 
幸い、翌朝は微熱に下がり、2日で平熱に戻りました。

これはコロナの後遺症なのか、別の感染症なのか微妙との診断。
抗生物質飲んで様子見てます。

 

すっきり治らないコロナ、大変です。

みなさまお気を付け下さい。

 

 

4コマ「大村湾サイクリング」(2/4)~ハウステンボス……?

ハウステンボス、外から見ただけでした~。

だって、入場料高いんだもん。朝から夜まで居られる日じゃなきゃ元取れないね。

 

ハウステンボス入り口に至るまで、、歩くだけでもワクワク気分が盛り上がります。

からしてハイカラ(死語?)ですし、ハウステンボス入り口までの道も綺麗に整えられている。建ってるホテルもオシャレ。お土産屋さんもたくさんあって覗いて回るだけでも楽しい! で、園の中もちょっと見られたし、これで「ハウステンボスに行ってきた」って思ってくれないかな~って思ったけど、駄目でした。

パンちゃんも簡単には誤魔化されてくれないお年頃になってしまいました。

 

駅からハウステンボスへ行く途中に、大きな橋が架かっています(1コマ目のカブトガニの看板の向こうのが橋の欄干)。その時は、川の上を渡っているつもりでしたが、実はそこは川ではなく「瀬戸」、つまり小さな海峡だったようです。早岐瀬戸という瀬戸です。

上図の矢印(←)とハウステンボスの(〇)の間がそれです。

前前回、大村湾は「超閉鎖性海域」だと書きました。周囲を陸地に囲まれ、湾の規模の割の割に湾口が狭く海水の交換がしにくいのが閉鎖性海域。その中でも、大村湾は同じ閉鎖性海域の佐世保湾にしか繋がっていないので「超」が付きます。

大村湾の出入り口は佐世保湾に繋がる幅170mと10mの2箇所だけです。

その10mの方が早岐瀬戸です。

ここは干潮時には干潟が現れるらしく、カブトガニがいるそうです。

残念ながら、橋の上から眺めただけでは見つけられませんでした。是非、野生のカブトガニに出会ってみたいものです。

 

 

 

∞∞∞

ところで、大村湾って「湖」のように見えませんか?
「湾」と「湖」って何が違うのでしょう。

 

「湾は海が陸地に入り込んだところ」「湖は周囲を陸地に囲まれた窪地に水が溜まったところ」というのが一般論なようです。

しかし、世の中には海に繋がった湖があります。開口部があるだけでは「陸地に囲まれた」が適応されるのでしょうか? 形状だけならば「湾」と同じように感じます。

 

1.「閉鎖性海域のリストには
日本には88箇所の閉鎖性海域があるようです。一番有名な閉鎖性海域は瀬戸内海でしょうか。

閉鎖性海域レベルが分かる閉鎖度指数という数値を出すための計算式まであります。なぜ、計算式があるかというと、一定数以上の閉鎖性がある海域は水質汚濁や富栄養化が起こりやすいので、水質汚濁防止法によって排水規制など対象になるからです。「(なんとなく)ここ閉鎖性海域でいいじゃん?」ではなく、数字で基準が決まっているのですね。因みに、瀬戸内海の指数は1.13です。

(参照:国際エメックスセンター「閉鎖性海域情報」、環境省「閉鎖性海域ネット」)

 

その日本の閉鎖性海域のリストを見ていると、「サロマ湖」や「能取湖」、「厚岸湖」など「湖」という文字がちらほら現れます。88のうち7箇所に「湖」とついていました。

「湖」と言いながら、海域のリストに載っている。「湾」との違いはなんなのでしょう。

 

 

2.「大村湾サロマ湖

①海のような湖

閉鎖度指数が54.29の「大村湾」と、割と数値が近い42.97の「サロマ湖」で考えてみました。

大村湾サロマ湖も水路を通して海と繋がっています。
なんなら、サロマ湖の方が海に直に繋がってます。水路というか海に口が開いてるって感じです。

サロマ湖は「汽水湖」となっていますが、塩分濃度は海とほぼ同じ。湖面の高さもほぼ海と同じ。漁業法上では海面です。ホタテや牡蠣などの海産物の養殖も盛んです。益々湾との違いが分からりません。

 

②成り立ちを比較

大村湾はリアス海岸です。つまり、深い渓谷に海が入り込んでできたということです。これは「湾」の一般論に当てはまりますね。

 

一方、サロマ湖は潟湖です。潟湖とは海跡湖の一種。もと湾など海だった場所が、堆積物などで海と区切られ湖となったものです。
現在海に開いている湖口は、融雪期に起きる洪水を防ぐために人為的に開削されたものです。

湾だったサロマ湖が海と分離したのは縄文後期(3,000年ぐらい前?)のようです。

そして、海への通路を作る開削は、今の湖口とは違う場所で、明治頃から毎年行われていました。ところが、大正の終わり頃うまく開削できないことが続きます。それで、昭和初期に別の所に通路を作りました。そうしたところ、あれよあれよという間に湖から水があふれ出し、開口部が広がって、永久湖口となってしまいました。
その後、1970年代に水質改善や漁船の出入りために、二つ目の開口部が作られます。

つまり、サロマ湖が海と常時繋がるようになったのは割と最近のこと。湖であった期間の方が長かったのです。アイヌ語でも「トー(湖)」と呼ばれていたようです。

 

「湾」なのか「湖」なのか。呼び名の違いは、今の姿だけではなく成り立ちが関係しているのかもしれません。

 

3.「何事にも例外が」

……と、成り立ちの違いと言うことで納得しそうになりましたが、何と言うことでしょう。当てはまらない事例が早速みつかりました。

 

それは、日本の閉鎖性海域の中でもダントツ一位の「久美浜湾」! 
京都にあります。
閉鎖度指標526.5! 2位の北海道コムケ湖203.54を大きく突き放しております。なお、閉鎖度数が10以下のところが74箇所なのですから、その閉鎖性の高さは一目瞭然です。

成り立ちを見ると潟湖。・・・・・・サロマ湖と一緒。
大正時代に人工的に開削されて日本海と繋がる。・・・・・・サロマ湖と一緒。

塩分濃度は不明ですが、川からの流入により淡水化方向に進んでいるという話もあるらしい。

 

えー! 湖でいいべさ! なして湾なのさ!

 

久美浜湾がいつから「湾」と呼ばれていたのかは分かりませんでした。その美しさを詠んだ和歌でも見つかれば分かるんですけど・・・。無いんですか?
開削されてから「湾」と呼ばれたのでしょうか? その前から呼ばれていたのでしょうか?

 

何事にも例外はありますが、こうすぐ見つかると「例外だらけ」なのではないかと思ってしまいます。

 

 

4.「結論」

結論って言っても・・・。

どうも、国土地理院は、「湾」や「湖」の定義を決めていないっぽいです。

あえて結論を出すなら、「昔っから慣用的に呼んでいた」といたからということでしょうか。近所の人が「湾」って呼んでたんなら「湾」。「湖」って呼んでたんなら「湖」っていうことですよ。

 

湖で思い出しましたが、日本の場合、湖の数は東高西低。
と、言うことは、湖が普通にある地域に住んでいる人は巨大な水たまりを見ると「湖だな」って感じるけど、湖に馴染みの無い地域の人は「海に繋がってるから湾やね」と思うとか?

 

なお、閉鎖性海域の「久美浜湾」ですが、検索すると日本の湖にも載ってました。

 

湾のような湖、湖のような湾。
人がどう呼ぼうと関係ない。
水のまにまに。

 

 

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4コマ「大村湾サイクリング」(1/4)~北上したよ

大村湾沿いサイクリング2回目の話。

この湾では、2回サイクリングをしました。

1回目のサイクリングは時津港~ガラスの砂浜。⇩

usayusadosa.hatenablog.com

 

2回目は前回の続きで、大村市ハウステンボスまで走りました。

大村湾沿い、見所多いです。

サイクリング中なのでとっとと通り過ぎましたが、じっくり観光しながら訪れるのも楽しそうです。

 

「スコーコーヒーパーク」

巨大温室(約300坪:参照「大村市ホームページ」)がある。レストランでは温室で栽培している長崎産100%のコーヒーを楽しめるらしい。

 

国産コーヒーがあるとは知らなかったです。

コーヒーの栽培だけなら日本でもできるそうです。ただ、商売となると一定以上の安定した収穫量が必要。そこが難しいようです。
レストランの売店では、長崎産と輸入コーヒーをブレンドした物が売られていました。収穫時期と合ったら、100%長崎産コーヒーもあったのかも。

 

実は、1度目のサイクリングの時、うさぎさんと合流後に行ったんですよ。しかし、その時はラストオーダーが過ぎていたので注文ならず。そして2回目の時は朝早かったので、開店前だった。

いつかお店があいている時に行きたいなー。温室の見学もしたいなー。

 

 

千綿駅

風光明媚で有名な駅。

「日本一海に近い駅」というのが全国各地にあるようですが、そのひとつだそうだ。

 

ホームが、湾に沿った形に湾曲しているので、ここに停車した汽車は湾側に傾いた状態で止まるらしいですね。汽車の旅も楽しそう。

 

 

「彼杵(そのぎ)」

読める? 一発変換されないのは、ねこさんのパソコンだけ?

 

お茶が有名で、日本一に何度も輝いているそうです。

道の駅「彼杵の荘」でも、お茶コーナーが充実していました。「〇〇製茶」とか「〇〇茶園」など名前が付いた専用棚がありました。

道の駅で食べた牛乳豆腐(抹茶ソースかけ)、おいしかったです。

 

ハウステンボス」(駅)

ハウステンボスとは、オランダの町並みを再現したテーマパーク。単独テーマパークとしては日本最大面積。

 

ハウステンボスって、ここにあったんですね。

そのハウステンボスのために開設されたであろう駅。ここに乗り入れる特急のために、この駅までは電化されているようです。

大きな観光地が構想されると、周辺はそれに合わせて整備が一気に進みますね。

 

∞∞

前回走ったところも、今回走ったところも、知らないこととの出会いがたくさんありました。サイクリングし甲斐のあるコースです。大村湾沿い。

彼杵の後に通り過ぎた「川棚」という場所にある、クジャク飼育数日本一(200羽)の大崎自然公園も気になるー!

 

 

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↑寿古(すこ)は地名。

 

 

 

 

 

 

次回、ハウステンボスなるか?